YPO 私と横フィル(7)

ある家族の記録――父・母・息子の三重奏
Wさんご家族 父(Hr)
母(Va)
息子
 <父>
 横フィルには第3回目の演奏会から出演していますので、かれこれ20年になります。横フィルの存在が家族の成立よりも古く、それを20年も続けていると土曜の夜は練習というのが習性になってしまって、土日に家族でどこかに泊まりに出かけるなどという発想がまるでない家庭になってしまいました。
 夫婦でずっと横フィルを続けているので、子供にも何か熱中できるものを、と思っていますが、本人が野球をやりたいというので今は地域の少年野球チームにお世話になっています。今の世の中クールと言うか、何をやっても「かったるい」という人間が増えているように思いますが、今の我が家はそれぞれが熱中した生活を送っていると思います。

 <母>
 私は第2回の演奏会から出演しています。まだ学生の頃でエキストラでしたけど。その後社会人、主婦、母親と立場は変わりましたが、人生の半分を横フィルと関わっています。横浜に住み続け、子供を連れてでも参加できたのは大変幸運だったと思います。小さな子供が騒いでも大目に見て下さった団員や横浜青年館(練習所)の皆様に感謝感謝です(そして病気もあまりせず、元気に育っている我が子にも)。でもそうは言っても、子供が小さかった頃と、ここ1年間は子供の野球チームの世話役で休団していますが。
 それにしても横フィルにはお父さん団員はたくさんいるのに、お母さん団員は数えるしかいませんね。まだまだお母さんが趣味で土曜の夜に家を空けるのは大変ですし、子供が大きくなったらなったで、またいろいろな問題も出てくるのでしょう。でも、オケの魅力を知っているお母さんも大勢いるはずなので、そんなお母さん達も参加できるオケであってほしいな、と思いながら、復帰する日を楽しみにしている
今日この頃です。

 <息子>
 僕は今、小学6年生です。3歳の時から練習場や演奏会の楽屋に顔を出していました。演奏会場には、いつも「関係者以外立入禁止」の扉から「僕たち関係者だもんね」と言いながら出入りしていました。
 毎週土曜日の夜は青年館のロビーで、同じ横フィルのお友達と一緒にお弁当を食べたり、テレビを見たりして遊んでいました。「横フィルキッズ」なんて呼ばれていました。
 門前の小僧で「うんめい」とか「いふうどうどう」のメロディを知っています。楽器も「すとばい」「せこばい」「こんばす」「ふえ」「くら」「らっぱ」「ぼんとろ」など、音も名前もよく知っていますが、どういうわけか教科書には違った名前で書いてあります。学校では、音楽よりも体育の方が好きです。
 3年くらい前から、土曜・日曜はいつも野球をやっています。だから最近は横フィルの練習に行かなくなりました。でも、お父さん・お母さんにはこれからも頑張ってほしいと思います。

(第39回定期演奏会 パンフレットより)
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