YPO 私と横フィル(9)

ヴァイオリン、横フィル、そして…
J.O(Vn)

 私がはじめてオーケストラに参加したのは中学・高校の「器楽部」でありました。始めた楽器は某木管楽器。そのパートはいつもちょうどヴァイオリンの真後ろに座っており、初めて弦楽器というものを間近で見た私は、どうしてもこれを弾いてみたくなってしまったのです。
 ところがそのクラブでは、途中でパートを替わることができません。そこで某木管楽器は続けながら別途こっそりとヴァイオリンの個人レッスンに通いはじめました。それからいつしか、大学に入ったら絶対に
ヴァイオリンでオケに入団しよう!と思うようになっていたのです。「志あれば道は開ける」とはよく言ったもので、その後めでたく大学入学と同時に「音楽部管弦楽団ヴァイオリンパート」に入団することとなり、引き続き横フィル入団6年目の現在に至るまで、オケでヴァイオリンを弾いているわけです。
 横フィルを見つけたのも偶然でした。大学卒業後、さて今後どこでオケ活動しようかと考えつつ見ていたとある雑誌で見かけ、数々あるオケの中で土曜日の練習なら続けられるかなと思い横フィルの門を叩いてみたのです。
 ふらりと入団し、まだまだ新人……と思っている間もなく、合宿係りやら会計係りやらがまわってきて、否応なく深くはまりこんでいくのが、この横フィルの良い(?)ところです。そうこうしているうちに「○○委員」などに就任してしまえばもう一人前、どこから見ても立派な「横フィルの人」と化してしまうのです。かくいう私も、もれなくこのような経緯をたどって今に至っている一人です。
 いつの間にか入団5年を経緯しましたがその中で一番自分として変わったなあと感じるのは、一番前の列で弾く事ができるようになったということです。それまで私はパートトップとして弾いたことがほとんどなく、遥か雲上の世界と思いこんでいました。ところが諸事情により図らずもセカンドヴァイオリンのトップが巡ってきてしまい、半ば「清水の舞台から飛び降りる」つもりで引き受けたのが入団3年目の頃でした。初めて前に座ったときには、指揮者やパート員の人たちに気が配れずに悔しい思いをし、毎回練習が終わる頃には頭・肩・目の痛みにぐったりとしていたものです。それが、何回か回数を経るうちに……人間、どのような状況にも慣れるものなのだ、ということがよくわかりました。
 るいは友を呼ぶ……趣味を同じくする人の集まりに属しているのが幸いしたのか、私事ですが、この演奏会が終わった後、「夫婦団員」の仲間入りをすることとなりました。ということで今後とも末永く(?)この横フィルにはお世話になることになりそうです。そんな横フィルへの感謝の意をこめて……最後にこの文章の各段落のあたまの文字をひとつずつ拾って読んでみてくださいね。

(第41回定期演奏会 パンフレットより)
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