私は不安と緊張の中、田舎から上京してきて、大好きなオーケストラを続けられる事が、嬉しくてなりませんでした。しかも、嬉しいのはそれだ
けではありません。横フィルには想像以上もの素敵な空間があったのです。
私は一年前に横フィルに入団し、第50回記念定期演奏会の“マーラー交響曲第5番”で華々しくも(!?)横フィルデビューをしました。私は横フィルで一番最初に演奏した日のことを忘れることはありません。あの時に受けた衝撃は今でも胸をドキドキさせます。 それは初めて見学に行った、ちょうどマラ5の合奏の日でした。あらかじめ楽器を持ってくるように言われていたので、その場で横フィルの中に混ぜてもらい、さぁマラ5スタート。それから指揮者の先生が指揮棒を上げた瞬間からの世界はすべてが初めて感じるものでした。何もかもが刺激的で音と動きのすべてに鳥肌が立ったのを覚えています。それから横フィルに、またオーケストラの魅力にはまっていくのです。
さて、なぜ高校までまったく音楽に触れることのなかった体育系の私がこのような体験が出来たのでしょう?そうだそうだ、楽器を奏でられるようになりたいと思ったのがきっかけだっけ。高校でオーケストラ部に入りヴィオラを手にしてからあまりのおもしろさ、奥深さにどんどんはまっていったのです。さらに部活動と共に市民オケに入団し、音楽づけの高校生活でした。家族や友人に心配される程…。でもこんな思いが出来たのも音楽を通して出会えた仲間達のおかげだなぁ。オーケストラを始めてから、つくづく出会いに恵まれていると思うのです。
そのおかげで進学をきっかけに地元・山形から上京した後、紹介に紹介を重ね、トントントンッと横フィルまで辿り着きました。学校、バイトを掛持ちで活動していくのは想像以上に大変で、練習時間も以前のように出来なくなりました。たまに落ち込んでしまうこともあるけれど、こんな経験や楽しみに出会えて、 ここまで導いてくれた方々や、横フィルのみなさんを思い出すと、そんなことも吹き飛ばす事ができます。横フィル・オーケストラの活動をすることは私にとって原動力なのです。入団当初は、まだ10代だったし、周囲はみんなとても大人にみえて…毎回の練習が緊張と不安の連続でした。ですが、沢山の人々や横フィルのみなさんの温かさに支えられて、楽しくて大好きな場所になりました。地元を離れて横浜にこんな素敵な場所が出来た事が嬉しくて嬉しくて、練習後にみんなで食事に行った帰り、一人でニヤニヤしたり、背中に背負った楽器をゴトゴトさせて走りだしてしまうこともしばしば。ある日、そんな私を見て友人は言いました。「なんて運がいいのでしょう! なんて欲張りさんなのでしょ
う!幸せ者!」テヘッ、まったくその通り! この一年での横フィルでの出来事は語り尽くせないほど、こんなにもドキドキとときめかせてくれる場所は簡単には見つからないでしょう。本当に幸せ者です。ずっと大切にしていきたいと思います。
田舎者の私が横浜で見つけたこの素敵な空間のときめきを本日の演奏と共に感じてもらえますように。最年少メンバーのささやかな願いです。
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